FC2ブログ
スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑
外務省に提出した意見書~その2
2006 / 07 / 20 ( Thu )
5月12日の外務省他各省庁との意見交換会までに提出した我々の意見書は、2つありました。
1つは、既に此処に掲載しているものです。

いま一つの意見書は、児童の健全な育成を守るNGOネットワークの「世話人」に就任して頂いている原 弓彦さんの書かれたものです。
(なお、代表世話人は岡本明子です)

その内容を、此処に掲載いたします。

「人権」を、ラディカルに考察された意見書として秀逸だと思います。
また、児童の権利条約批准の際の、国会でのやり取りについても触れられていますので、是非、お読みください。



児童の権利条約第44条に基づく日本国政府報告に対する国連・児童の権利委員会の最終見解〔2004.2.26〕に対する意見

1一般的意見

 (1)本条約は、「女子差別撤廃条約」と同様に、人権に関する「全体主義的な法思想」に基づいて策定されている。国民の天賦の権利たる人権を国連や政府が管理する対象と看做し、条約全体として権利の内容を細かく規定し、国連や政府がその履行状況を細かく監視するという恐るべきシステムを構築している。これはジョージ・オーウェルの「1984年」の世界を思わせる監視社会であり、自由主義社会では国家が人権に抑制的に対応すべきであるとする理念に反する。
 さらに、人権至上主義の立場に立ち、家庭、学校、さらに社会の一員としての児童を取り巻く法秩序並びに伝統、慣習、文化と児童の権利の調和を無視し、児童の人権のみを強調して周辺の人権との調和を無視している。そのことは、条約で、児童の社会の構成員としての義務には一切言及していない事実に明白に表明されている。その結果、児童の周辺社会〔特に家庭〕内の公序良俗、倫理、さらに他人の人権等と不断に衝突・紛争する事態を招来することは歴然としている。こうして、条約は、児童と社会との不断の軋轢を誘発し、児童そのものを不幸に落とし入れることを意味する。従って、児童の幸福を願う多くの国民の願いを政府が踏みにじることを強要する条約であり、政府は、速やかに同条約批准を撤回することが相当であると思料する。
国民は人権に優先して幸福を求めている。人権の保障は、幸福追求の一手段に過ぎない。人権のために幸福を破壊されるなら、人権は不要である。
政府は、この条約の根底にある人権に関する法思想を如何なるものであると考えているのか、その見解を明らかにされたい。
〔補足説明〕
ア 本条約は、多岐にわたる「児童の権利」という人為的な概念を設定し、各国政府にこれを国民に強制することを求め、かつ、国連〔児童の権利委員会〕がその履行状況を監視するという恐るべき体制を構築している。これは、人権は国連や政府が国民に付与するという立場を取るものであり、国家ないしその連合体たる国連が国民の上位の存在〔優越する存在〕であることを前提としている。これは、法の支配ないしコモンローの法思想と背馳し、自由主義社会の法原則と相容れず、全体主義思想に基づいていると断定せざるをえない。
イ コモンローの原則〔法の支配〕に基づき制定されたアメリカ連邦憲法においては、憲法修正第9号は、「憲法に列挙する権利は、国民がそれ以外に持っている権利を否定し、あるいは、軽視していると解してはならない」と規定し、国民の生命、自由、財産に関する不可譲inalienableの権利は神Creatorから与えられたという思想を国家の最高法規で宣言している。日本国憲法も法文上明示されていないが、アメリカと同一の「法の支配」の原則に立つものであることは明らかであり、国連〔条約〕が人為的に権利を設定し、これを変更・廃止できるという思想は自由主義国家の法原則を踏みにじるものである。
ウ なお、本条約の批准のための国会審議〔平成5年及び6年の衆・参外務委員会、以下、「国会審議」と略〕に当たり、政府は、本条約上の各般の児童の権利は、いずれも日本国憲法及び国際人権規約A及びBの範囲内のものであると答弁している。*1しからば、新たに本条約を締結すべき理由は存在しないことになる。これについて、日本国政府が、批准すべき理由として「児童の権利を尊重する姿勢を内外に示すことが望ましい」という見解を示している*2。しかし、国民の幸福を守ることが政府の最も重要な任務であることを鑑みれば、それを危険に曝すおそれがある条約を批准することは、「政府の体面」を国民の幸福に優先する極めて無責任で軽率な態度であり到底容認できない。
再度、本条約批准の政府の目的を明確に示されたい。
*1 衆外 平5.5.11
○小西説明員 お答え申し上げます。
  この条約の締結につきましては、政府部内で鋭意検討を重ねてきました。その結果、その目的とい
 たしますところは、基本的人権の尊重の理念に基づいている我が国の憲法と軌を一にするものであり、またこの条約上の権利につきましては、その内容の多くが我が国も既に一九七九年、昭和五十四年に締結しております国際人権規約に規定されておりまして、憲法を初めとする現行の国内法制で既に保障されているということから、政府としては、本件条約の実施のためには現行国内法令の改正または新たな国内立法措置を必要としていないというふうに考えております。 、、、、、
*2 参外 平5.6.10
○国務大臣(武藤嘉文君) 、、、 我が国がこの条約を締結することは、児童に対する人権の保障に関する我が国の姿勢を内外に示すものとして望ましいと考えられます。さらに、この条約の締結は国際社会における児童の人権の尊重の一層の普遍化に貢献するという意味からも極めて有意義なものと考えます。、、、

 (2)本条約は、全条文にわたり曖昧な規定が多く、多義的な解釈を許すものとなっている。その為、特定の政治的グループ〔例、日教組〕やNGOがその独自の政治的立場に立つ解釈によって人権侵害や秩序破壊を誘発し、さらに、政府が同様の解釈を採用して政府権力を以って公序良俗〔特に、学校〕を破壊し、伝統文化を破壊し、特に、愛情の絆で結ばれた児童の保護者である父母との関係ないし円満な家族関係を破壊するおそれがある。また、児童の権利委員会〔以下、委員会と略〕は、条約の独自な解釈を下に我国に対してさまざまな勧告を行っていることは極めて憂慮すべき遺憾な事態である。
    従って、政府は、これら国民の不安を解消するために、この条約がこのような重大な弊害を引き起こすことが無いのかどうかについて、包括的に、明快な見解を明らかにする必要がある。特に、委員会に条約の解釈権が無いこと、拘束力が無いこと、を天下に明確にし、拘束力があるかの如き国民の誤解を解くことを求める。
 〔補足説明〕
  ア 政府は、国会審議において、「本条約批准により、条約上の義務として国内法との整合性を計るため新たに立法ないし既存の法の改正は要しない」、さらに、「追加の予算措置は必要ない」旨繰り返し答弁している*3。また、「委員会に条約の解釈権は無い」旨明確に答弁している*4。この前提に立てば、過去2回に亘る様々な措置を要求する委員会の最終見解としての勧告は、日本政府の解釈を容認しないとする態度の表明であり、権限の逸脱であり不当である。さらに、条約上の義務を上回る措置の要求は主権の侵害であり、条約上何ら根拠が無いことは明らかである。
従って、政府は、これら勧告に何ら拘束力がないことを天下に明示する責務がある。そのことにより、一部の政治勢力及びNGO等が委員会に直接自らの要求を提出し、委員会の勧告を通じて政府に圧力をかける悪弊を排除する必要がある。仮に、委員会がそれら要求を受け入れて政府に勧告しても、条約上の義務が無いものは受け入れら無いことを明確にすれば、無用な混乱を回避することになる。
一部の特定のイデオロギーを信奉する一部勢力が条約を悪用することを許してはならない。
*3 衆外 平5.5.11
○小西説明員 、、、 関係省庁ともこの条約に照らしましていろいろ十分に検討した結果、この条約の義務として国内立法措置を行う必要はない、あるいは現在存在する国内法を改廃する必要はない、こういう結論が得られたわけでございます。
 また、予算措置についても、現在の予算として認められている範囲内においてこの条約の実施ができる、新たに予算として、例えばこの条約が分担金といったような義務を課しておるわけではございませんで、この条約を実施するためにどういった形の予算措置が必要か、あるいは政策の問題としてこの条約のいろいろな実施について予算をどういうふうに使っていくか、これは政策的な立場から検討して決めていくということでございますが、この条約の批准、この条約の義務を果たす上において、日本の国の立場として何か新たな義務が生じるかというと、その点は生じない、こういう解釈でございます。
 したがいまして、予算措置につきましても立法措置につきましても、関係省庁といろいろ検討しました結果、そういう条約上の義務を実施するという観点からの新たな立法措置、法令の改正、こういったものは必要ではないという結論に達したわけでございます
*4 衆外 平5.5.11
○小西説明員 今先生の御指摘になられました児童の権利委員会、この委員会は個々の条約の解釈が任務ではございませんので、そういった点についての見解は示しておりません。
 
(3)本条約は、条文が曖昧であると同時に、誰がこの条約上の権利を行使・強制するのか、不明である。しかし、合理的に推定すれば、条約上の多くの諸権利は、政府の支援を受けて子供が両親に対して行使・強制することは明らかである。これは、権利という概念を人為的に設定して、親子の愛情関係・信頼関係にこれを介在せしめ、それを根底から破壊することは明らかである。これは家族破壊の措置であり、到底容認できない。さらに、親子関係は、伝統、慣習、文化等の規範によって成り立っているが法概念を持って、これら諸般の倫理規範を無視することを強制することを意味している〔これら諸規範類との整合性については何ら条約上言及していない〕。このような法規範至上主義、倫理無視の態度も容認できない。従って、この条約の批准は撤回すべきである。
   政府はこの点について、このような事態を容認する立場なのかどうか、その見解を明らかにされたい。
 〔補足説明〕
  ア この条約は、児童に対してあらゆる問題について自由に意見を表明する権利を与え〔12条〕、「児童が選択するメディア」を通じてあらゆる情報を入手する権利を与え〔13条〕、「信教の自由」を与え〔14条〕、「結社の自由」「集会の自由を与え〔15条〕通信への干渉から保護される権利を与え〔17条〕、「休息したり遊んだりする権利」を与えている〔31条〕。
    例えば、児童は「休息したり遊んだりする権利」を楯に、宿題や家事を拒否することが出来ることを意味するのか。また、国内外の情報源から発進されるメディアの情報を得るためにテレビを見ることを要求することが出来ることを意味するのか、ポルノ情報の入手を両親が拒否できないことを意味するのか。さらに、児童が、夕食のテーブルで、両親に対して自分の言いたいことなら何でも言える権利を主張することになるのか。児童が、オカルト集団に入ることを両親が拒否できないことを意味するのか。児童が、過激な政治集団に入ることを両親は拒否できないことを意味するのか(もし、拒否できるとすれば条約上の根拠は何か)。
    以上の権利を行使するために、児童が、政府が費用を負担する弁護士に頼んで両親を被告として訴訟を提起することを意味するのか。
    実に様々な非常識な事態が想像されるが、政府の見解を求める。
  イ 一方、この条約は、「両親の権利及び義務」という定義されていない曖昧な用語に言及するだけで〔3条2〕、両親が未成年の児童に対して諸般の決定をなす権利の存在を明確にしていない。さらに、児童については権利のみ与え、義務は何ら与えていない。
   これは児童もまた社会的存在であり、様々な社会的制約に服し,特に,両親の監督権に服する義務を無視しており、条約のもつ家族破壊の意図が明白に読み取れる。
    この点を適切と考えているのかどうか、政府の見解を求める。
  ウ 本来、自由主義社会では、家族関係は、法や権力が入るべき領域ではない。それによって、人類の永年の英知の集積たる伝統、慣行、文化の持つ規範や価値観を排除し、愛情や信頼という合理性では処理できない分野を踏みにじり、結局、権力が家族を破壊する結果となる。これは、全体主義のやり方であり、到底容認できない。
    この点について、政府は如何なる見解を有するか、明らかにされたい。 


2.第2回日本政府報告に対する委員会最終見解(2004.2.26)に対する個別の意見

 (1)委員会の前回勧告〔パラ6〕
日本国政府第一回報告に関する委員会勧告中、差別の禁止〔パラ35〕に関し、委員会は、民法第900条四但し書きに定める非嫡出子の相続分〔嫡出子の2分の1〕の取り扱いを2条違反として非難し、立法措置〔改正?〕を求めているが、これは、相続分については条約上児童の権利として保護すべき対象ではなく、「差別ではない」*5、とする政府の解釈を否定するものであり、解釈権は締約国政府にあり「委員会には条約の解釈権は無い」という国会審議における政府答弁の前提に立てば、委員会が権限を逸脱ないし濫用した不当な要求であることは明らかである。しかも、この規定は法律婚を保護する目的で設けられたものであり*6、これを非難することは反道徳的見解であり、委員会の反道徳的な極めて偏向した立場を表明している。到底容認できない。
 政府は、このような委員会の権限を濫用した不当な要求は受け入れがたいことを明確に回答すべきである。
 また、条約の解釈権は締約国にある、ことを再度国民の前で確認されたい。また、条約第45条〔d〕に基づく「一般的な性格を有する勧告」の法的性格〔拘束力〕を明らかにされたい。
*5 参外 平5.6.10
政府委員(森脇勝君)  まず、この民法の規定〔民法900条四号ただし書き〕が児童に対する不合理な差別を禁止する規定であります本条約二条に抵触するかどうかという点でございます。
 この二条の一は、締約国は児童に対し「いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する」、こういうことになっておりまして、ここで「この条約に定める権利」が何かということが問題になるわけでございます。
 「この条約に定める権利」の中に相続分の保護が含まれるかどうかということでございますが、これは含まれないのではないかというふうに考えられるところでございます。それは本条約の中に相続に関し何らの直接的な規定を設けてございませんし、相続について何らかのものを示唆する規定というものも存在しないわけでございます。また、相続の問題は親子関係等の身分関係に基づいて生ずるもので、子が児童か否かといったことによって左右されるものではないわけでございます。特に平均寿命が長くなっている現在においては、相続が問題となる時点では相続人たる子も既に成人に達しているという場合がほとんどと考えられるところでございまして、その意味でも相続の問題はその児童の権利保護を目的とする本条約の対象外であるというふうに考えられるわけであります。したがいまして、この二条の一による保護の対象にはならない、このように考えられるわけでございます。
 次に、二条の二でございますが、二条の二は児童がその父母その他家族の構成員の地位に基づいて差別または処罰を受けないようにするための適当な措置をとることを締約国に課しているわけでございます。
 ここで問題になりますのは、この父母の地位ということでございますが、この「地位」というのは本条の制定経過に照らしても次に出てまいります「活動、表明した意見又は信念」、これと並ぶ社会的または政治的地位を指していると解されるところでございまして、したがって父母が婚姻関係にあるかどうかといったような身分上の違いに基づいて相続分に差異が出てくるということはこの二条の関知しないところではないかというふうに解されます。
*6 参外 平5.6.10
政府委員(森脇勝君)この九百条四号ただし書きにつきましては、以前からこの規定の当否について種々の議論があるところでございます。すなわち、両親が婚姻関係にあるか否かということは子どもにとっては責任のないことでございますから、これによって相続分に差異を設けるという規定を置くことは妥当ではないのではないかという議論が一方にございます。それから他方には、このような取り扱いの差を設けたのは法律による婚姻制度というものを維持しようとするものでやむを得ない差異なのだ、合理的な理由に基づく差異なのだという議論がございます。
*7 参外 平5.6.10
説明員(小西正樹君) この条約二条一におきましては、先ほど来お話しになっております出生あるいはその他の地位ということで御指摘の嫡出子、非嫡出子の問題が取り上げられておりますけれども、ここの条約で定めておる趣旨は、この条約に定める権利の享有において不合理な差異を設けることは禁じておるわけでございますけれども、合理性のある差異に基づく権利の享有ということについては認めるというふうに解されるわけでございます。

〔2〕法制度〔パラ10〕
  委員会は、「裁判所が条約を直接に援用できにも拘らず、実際に行われていないことを懸念する。」と表明している。
 委員会が、このように、締約国たる主権国の司法のあり方について包括的に意見を表明する条約上の根拠は何か。主権の侵害ではないか。政府の見解を求める。また、「懸念を表明する」条約上の根拠を明らかにされたい〔条約45条〔d〕は「提案」及び「勧告」は存在するが「懸念の表明」は含まれていない〕。

〔3〕調整及び国内計画〔パラ12,13〕
  委員会は、内閣府の青少年育成施策大綱について、包括的な国内行動計画でないこと等について「懸念」を表明し、大綱の作成方法について国連の成果文書である「子供にふさわしい世界」におけるコミットメントを考慮し、同大綱が諸問題に効果的に対処できるよう市民社会や児童とともに絶えず検証すること、を「勧告」している。
  しかしながら、その指摘事項は条約上の義務の内容ではなく、締約国の裁量に委ねられている事項であると考えられる。従って、懸念や勧告の表明は、委員会の権限を逸脱しているものである。従って、指摘事項は、44条に言う「提案」に該当すると考えるのが相当である。提案なら、その採否の裁量権は締約国にあることが明確となるからである。
  締約国の裁量に委ねられた事項について勧告する根拠は何か。提案と勧告の法律上の概念の違いを明らかにされたい。

〔4〕独立した監視〔パラ14,15〕
 ア 本節で、委員会は、「条約の実施状況を監視するための全国的な独立した制度が存在しないことを懸念し、」 人権擁護法案〔人権委員会の設立に関する法案〕の内容について様々な懸念及び勧告を表明している。条約上の如何なる根拠に基づいてかかる勧告をなしうるのか、不可解である。
   即ち、この法案は条約上の義務を履行するものではなく、締約国の裁量に基づく法案であって〔政府は、先述の通り、条約批准に伴い条約上の義務として新たに立法ないし法改正は要しない、と宣言している〕、委員会がかかる裁量行為に介入するのはその権限を逸脱し我国の主権を侵害する不当な行為である。特に、前及び今国会に再提出される動きがあった法案は、差別の概念が曖昧で、法案上設置される委員会の委員の国籍条項を欠き、政府が日本国民の人権を侵害するおそれが強いものであり、これを推奨する委員会の態度は到底容認できるものではない。
  仮に、委員会が意見を表明することを容認するなら、「提案」として表明すべきであり、あたかも条約上の義務の履行を求めるが如き概観を呈する「勧告」をなすことは、違法な行為であると考える。  政府の見解を問う。
イ なお、本節のタイトルに監視という用語を使い、国民を監視することを当然のごとく容認する態度は、この委員会が、監視社会を志向する全体主義的国家観を有することを明白に表明するものであり、自由主義者国の国家観と相容れない存在であることは明らかである。従って、我国はかかる性格の委員会の勧告等を受け入れることは原則として拒否すべきである。また、人権の問題について、人権を保護すべき政府が国民を「監視」するという用語を使うことは許されない。

〔5〕データ収集〔パラ16,17〕
 ア 委員会は、条約にかかわる児童に関する包括的データの収集及び児童関係の政府歳出予算に関する情報の欠如を指摘し、情報収集の強化を勧告している。
しかし、我国の膨大な財政赤字の下、財政再建が政府の至上課題である現状下で、政府歳出の事項間優先順位を決定するのは締約国の主権に属する問題であり、条約上の根拠無く、このような包括的要求を勧告することは委員会の権限を逸脱する行使であり、許されない。政府は、委員会の勧告権の濫用を厳重に抗議すべきである。さらに、この条約は、政府の国会審議の答弁でも明白な通り*、我国の人権擁護の水準は世界的に高く、本来、批准の必要性・緊急性の無いものであり、従って、政府は、児童関係の予算は全体予算の中で優先順位は低いことを内外に鮮明に宣言し、条約上根拠の無い不当な勧告は拒否すべきである。
 
〔6〕市民社会との協力〔パラ18,19〕
 ア 委員会は、政府とNGOの対話の欠如を指摘し、政府が計画的に市民社会と協力することを勧告している。
   そもそも、市民社会とは定義されていない用語であり、このような曖昧な用語を使い意図的に政治的に変更した特定集団との対話を要求することは極めて不当である。児童の問題は全国民にかかわる重大な問題であり、もし委員会が提案するなら、全国民との対話を言うべきである。委員会の偏向した立場は到底容認できない。さらに、NGOとの対話を勧告として要求する条約上の根拠は不明である。その根拠は何か。
 イ 政府は、既に、一部NGOとの対話を実施している。とくに、条約第44条に基づく政府報告を提出するに当たり、対話を広く公開して呼びかけることなく、一部NGO等の集団とのみ対話を実施している。これは、この条約の国民一般に対する重大な影響を及ぼすことに鑑みれば、国民全体を代表すべき政府の行為として極めて不適切でありかつ不当である。今後、かかる対話を実施する場合は、本条約の賛成派、推進派に限定することなく、反対派も含めて公開して国民全般の意見を聴取すべきである。また、政治的に偏った特定集団とのシンポジウム等の開催は、当然、取りやめるべきである。

〔7〕広報及び研修〔パラ20、21〕
 ア 委員会は、児童、社会全般、児童関係職業従事者が条約上の権利に基づいたアプローチを十分認識していない、と指摘し、各種キャンペーン、教育のやり方について細かく勧告している。
 先ず、「条約上の権利に基づいたアプローチ」という曖昧不明な用語を下に、具体的な内容を確認することなく意図的に多義的解釈を誘導し偏向した解釈を許す結果となり、無用の混乱を招くことになり不当である。さらに、そもそも、締約国の主権に基づく措置について細かく指示するが如き行為は、国連を世界政府と勘違いしている不当な行為であり容認できない。このような勧告をする条約上の根拠は何か。
イ また、仮に政府が独自にこれら類似施策を実施するとしても、キャンペーンや教育が、一部政治的に偏向した団体により支配され、条約の誤ったあるいは歪曲した解釈に基づいて実施されるおそれが大いにありうるので、そのような事態を阻止するため政府は万全の適切な措置をとるよう配慮すべきである。

〔8〕差別の禁止〔パラ24,25〕
ア パラ24,25の「社会的差別」は定義されていない用語である。委員会に定義を求め、条約との関連を明確にすることを求めるべきである。

〔9〕児童の意見の尊重〔パラ27、28〕
 ア 委員会は、「児童に対する社会の旧来の態度」によって、児童の意見の尊重が家庭、学校、その他の施設、社会全体で制限されている、」と断定的に指摘し〔パラ27〕、いくつかの勧告を行っている。
   しかし、ここに言う「「社会の旧来の態度」が何を指すか不明であるが、当然、長年の人類の経験と英知の集積である伝統や習慣や慣習や価値観が当然含まれていると推定されるところ、委員会が、このような伝統等に対して一切価値や認めず、権利との調和について一切考慮しないという極めて軽薄かつ偏った政治的立場を表明するものであり、到底容認できない。政府は、委員会に対して、伝統等について一切価値を認めぬ全体主義的態度はいたずらに社会の混乱を招き公序良俗を破壊する結果を招来するという事態は容認できないことを表明し、厳に注意を喚起すべきである。また、委員会がその態度の非を認めない場合は、本条約はかかる軽薄な見解を容認する本質的欠陥があることとなるから、本条約を破棄すべきである。
 イ 委員会は、「児童に影響を及ぼす全ての事項や政策決定への児童の参加を円滑にすること、児童がこの権利の認識するよう確保すること」〔(パラ28(a))、「学校その他の教育機関、余暇その他の児童活動のための施設における施策を決定する理事会、委員会、及びその他の集団に定期的に参加することを確保すること」〔パラ同〔d〕〕を勧告している。
   しかし、条約12条1項は、政府見解によれば*1、児童の意見表明権は無制限なものではなく、その意見が相応に考慮されるべきであるという理念を一般的に規定したものであり、児童に能力があること、及び、児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮すること、の条件の下に認められる権利であり、これら条件を一切無視し、日本政府の解釈を無視し、条約の解釈権の無い委員会の独自の解釈に基づく極めて不当な要求である。〔なお、児童の能力の有無は誰が判定するのか。合理的推定すれば、最終判断は司法が行うと想定されるが、このような曖昧な条件下では訴訟が頻発し、児童を取り巻く人間関係は破壊される。政府は、かかる事態を容認しているのか。見解を問う。〕
しかも、児童の意見を如何なる方途により聴取するかは主権国たる締約国の裁量事項であり、このような委員会の一方的な見解を強要する態度は到底容認できない。
   また、同条2項は、行政ないし司法手続きにおける児童の意見表明権を認めたものであるが、政府見解*1*2の通り、これは手続きに関係する個々の児童の意見表明を求めるものであるが、パラ28〔a〕は、包括的に児童の参加を求めるものであり、権利の無制限な行使を容認する如き見解を表明しており、不当である。

*8 衆外 平5,5,11
富岡説明員 条約の第十二条の一項には、児童につきまして自己の意見を表明する権利を規定しているわけでございますが、同条は、児童の意見を年齢等に応じまして相応に考慮することを求めるものでございまして、児童の意見を無制限に認めよというものではないものでございます。したがいまして、例えば校則とかあるいは学校のカリキュラムにつきまして児童の意向を優先するということまで求めるものではなくて、それは学校の責任と判断におきまして決定されるものだというふうに考えておるわけでございます。
 また、十二条の二項でございますが、一定の行政上の手続につきまして児童が聴取される機会が与えられる旨規定しているわけでございますが、これは、個々の児童に直接影響を及ぼすような行政上の手続におきまして意見の聴取の機会を与えられる旨の規定でございます。したがいまして、個々の児童を直接対象としたということではない、例えば、学校のカリキュラムの編成、校則の決定等につきましては、条約上の義務ということとして、児童の意見を聞く機会を設けなければならないわけではないというふうに考えているところでございます。
*9 衆外 平5.5.11
小西説明員 十二条の趣旨でございますけれども、十二条の第一項は、児童が自分の意見を言えるような、そういう能力を持つ段階になれば、児童といっても、だれと結婚するか、どういった職業を選ぶか、どのような学校に行くか、こういった児童の個人に関するすべての事項について自分の意見を述べることが認められるべきであって、ただ子供であるからということでその意見が無視されるというようなことがあってはならない、そのような事項については、その意見が相応に考慮されるべきであるという理念を一般的に規定したものであるというふうに考えております。
 したがいまして、この十二条一項の規定自体は締約国に対して積極的にその聴取の機会を設けるという義務を課すものではないというふうに解されますけれども、締約国が児童に対してこのような事項について意見を述べるというようなことを禁ずるようなことはもちろん許されないわけでございます。
 次に、第十二条の二項の方でございますけれども、この二項につきましては、児童が自己に影響を及ぼす事項についての意見を表明するという児童の権利を手続的に保障するということを目的といたしまして、児童一般に対してではなく、特に、個々の児童に対して直接影響を及ぼす司法上及び行政上の決定または措置に関する手続において、その当該児童に対して意見を聴取される機会を用意されるように国家に対して義務づけたものというふうに解されます。

〔10〕表現及び集会の自由〔パラ29,30〕
ア 委員会は、「学校内外での児童により行われる政治活動への制限について懸念する」とし、条約13条〔表現の自由〕、14条〔思想、良心、表現の自由〕、15条〔結社、集会の自由〕の完全な実施を確保するため、法律、規則、両親の同意の必要を再検証することを勧告している。ここに言う政治活動への制限に関する懸念の具体的内容が明らかではないため、論評できないが、条約上いずれの権利も条文上の一定の制約の下に認められるものであり、これら制約条件に関する委員会の一方的解釈を強要する趣旨であれば、当然のことながら、容認するべきではない。
イ 本件については、これら条文の解釈について本意見書1〔3〕補足意見アに適示した
具体的に想定される事態が発せするのではないかという疑問について、政府見解を
明らかにされたい。

〔11〕プライバシー権〔パラ33,34〕
ア 委員会は、政府が「児童のプライバシー権が完全に実施されることを確保すること」〔パラ34〔a〕〕を勧告している。しかし、プライバシー権という概念は条約上存在せず、委員会のこのような根拠のない概念を濫用する乱暴な態度は拒否すべきである。
   さらに、条約第16条2項に言う私信等に対する干渉および攻撃に対する法律の保護を意味する場合、具体的に如何なる事態が発生するのか。例えば、両親による私信の干渉に対してその子たる児童が両親を被告として訴訟を提起する意味か。政府の見解を明らかにされたい。
イ  家庭内のかかる紛争は、相互の愛情と思いやりと保護監督上の配慮の下に互譲の精神で解決すべきであって、仮に、法が介入して裁判沙汰にすることを政府が後援する事になれば、家族間に回復しがたい心理的後遺症を残し、結局、政府が権力を行使して家族関係を破壊することを意味する。もし、この条文がかかる事態を容認するとすれば、この条約は家族関係を破壊ものとして大多数の国民は容認しないはずであり、従って、本条約を破棄することが相当である。

〔12〕体罰〔パラ35,36〕
 ア 委員会は、施設及び家における体罰を禁止すること〔パラ36〔a〕〕を政府に勧告している。条約上体罰の規定は無く、勧告が如何なる根拠に基づくのか不明であり、勧告権の濫用である。また、体罰とは如何なる法概念か説明していない。
 体罰は常識的には、教育上あるいは秩序維持上監督的立場にあるものが監督かあるいは保護下にあるものに対する軽微な有形力の行使であり、これをその目的に照らし容認すべきかあらざるか微妙な境界線上の問題であって、かかる分野にまで政府権力が介入することは慎重でなければならない。過度の有形力の行使は、刑法によって保護されるのであるから、体罰の概念を曖昧にしたまま、政府の介入を求める委員会の態度は到底容認できない。また、体罰という概念を導入し、刑法とは別途に政府が禁止のために法的に取り締まることは、適切ではない。
 イ 本来、児童を教育上あるいは保護上派生する問題は法規範ではなく倫理規範等法規範以外の社会規範あるいは教育により対応すべきである。法規範で一切の社会問題を解決せんとする委員会の姿勢は、伝統的な倫理規範を否認する全体主義的法思想を背景としていことは明らかであり、委員会のこの基本的態度を留意し、自由主義国家の理念に反する勧告等に対しては政府の特段に慎重な対応が求められる。

〔13〕教育・余暇そして文化活動〔パラ49、50〕
  ア 委員会は、パラ49において、児童の教育について、条約上の根拠を明示せず〔恐らく、根拠無く〕、締約国の裁量下にある諸問題について懸念を表明しているが、これらは委員会の権限を逸脱しており到底容認できるものではない。政府は、委員会に対して、その介入の不当性を明確に指摘すべきである。
  イ 特に、パラ49(g)は、検定制度を非難し、歴史教科書の内容が一方的内容であると断定して、懸念を表明し、パラ50〔e〕で、「教科書が公平な見方提供するよう、教科書の検定手続きを強化すること」を勧告している。委員会はいかなる条約上の根拠に基づいて、教育という締約国の主権に介入しいているのか、政府の見解を求めたい。
 さらに、歴史教科書が一方的ないし不完全と断定する委員会の見解の根拠を明示するよう、委員会に要求することを求める。かかる委員会の目に余る権限濫用と主権侵害行為を断じて許してはならない。政府の毅然たる態度を期待し、委員会に対して厳重に抗議することを強く要望する。
委員会は、締約国の上位機関ではない、ということを理解していない傲慢かつ愚昧な委員会を日本政府は分を弁えるよう教育する必要がある。
以上

スポンサーサイト
00 : 24 : 03 | 児童の権利条約 | trackback(1) | comment(2) | page top↑
<<子供の支配をたくらむ新世界秩序~米国Eagleforumレポート | Top | 外務省への要望>>
comment
--やっておきたいベンチマーク--

ベンチマークの検索サイト。3Dベンチマーク、モンスターハンター、CPU、ベンチマークソフト、モンスターハンターフロンティアなどベンチマークに関する各種情報をお届けしています。 http://cream.stuartmembery.com/
by: * 2008/08/24 18:57 * URL [ 編集] | page top↑
--ミュージシャンを目指そう--

ミュージシャンの検索サイト。ストリート、ラッドミュージシャン、KEN、ブログ、沖縄などミュージシャンに関する各種情報をお届けしています。 http://clamp.stuartmembery.com/
by: * 2008/08/25 06:34 * URL [ 編集] | page top↑
commentの投稿














管理者にだけ表示を許可する

trackback
トラックバックURL
http://jidoikusei.blog69.fc2.com/tb.php/18-18f6c373
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
情報公開条例が人権侵害につながる?--部落解放同盟福岡県連運動方針
 昨日、KBCニュースで部落解放同盟福岡県連の定期大会の模様を伝えていました(他局もあったと思う)。 今月は同和問題啓発強調月間です。福岡市では19日、「部落解放同盟福岡県連合会」の定期大会が開かれました。大会に なめ猫♪【2006/07/20 09:18】
| Top |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。